島とバラ色の生活



下北沢の思い出・・・その2

生まれてから41年間暮らしてきた下北沢。
今では八丈島の島人ではあるが、
実は根っからの下北っ子なのである。
なので、心温まる思い出から思い出したくもない悪夢まで
街の隅々に染付いているといっても過言ではない。

今でも忘れられないのが弟達の武勇伝??
まだ2番目の弟が幼稚園ぐらいの時であった・・・
いっしょに遊びに行った帰り、
転んだはずみに、おでこの真中に大きな釘が突き刺さった!
起き上がった時には顔面血だらけ!!
しかし当時プロレスの大ファンだった僕は、
まるでリングサイドでプロレスを見たかのような感動・・・
目の前にいるのは弟ではなく、
アントニオ猪木?それとも大木金太郎?
もうおおはしゃぎで弟をそのまま家につれて帰った。
その時の第一声は・・・
「ママー、マー君がデストロイヤーになっちゃった!!」
だったらしい。
その瞬間のお袋の動揺した姿は、今だから想像ができる。
すぐさま近所の外科に行き治療、一応無事ではあったが、
いまだ当時の釘の刺さった後は消えていないようだ・・・。

3番目の弟はもっと凄まじい!!
なんと井の頭線の電車に体当たりをしたのだ!!
それも走ってくる電車に・・・
当然、幼稚園生が電車に勝てるわけがなく、
あえなく吹き飛ばされ意識不明の重体となったことは
言うまでもない・・・
なんでも近所の友達と遊びに行き、遮断機のない踏み切りを、
電車が来ているのに無謀にも突っ込んだらしい。
夜になっても帰ってこないため、家族中で近所を捜索・・・
最後に遊んでいた友達情報をキャッチし訪問すると、
「くにちゃん、電車にひかれちゃったよ」・・・??
お母さん曰く「この子嘘つきだから」。
すぐさま近所の外科に行くと、うちでは手に負えなくて・・・
「うそ?ほんとじゃん!!」
その時、親父が切れた・・・
特攻隊顔負けの完全逆走ドライブ!!
あっという間に慶応病院着・・・
そこで見た弟の姿は今でも忘れられない。
裸でベッドに寝かされた姿は意識はなく、
全身血の気のない紫色・・・
死体とはこういうもんなんだと実感した。(死んでません!)
偶然にもその日の宿直が脳外科の先生だったことが幸いし、
長い手術ではあったが、1週間後には意識も戻った。
その後、半年後には小学校のリレーにも出るほど回復した。
そう考えると2人とも運がいいというか、
不死身というか??すごい生命力である。

そういえば僕だけ大怪我してないな~。
でも、この2つの事件は一番の悪夢として残っている。
僕にとっての下北の悪夢は・・・色恋沙汰ぐらいかな??
書くことがなくなったら、その3へと進む予定!!??
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by isolabella2005 | 2006-12-01 00:22 | その他
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移住した島での生活と、花びらのアート「インフィオラータ」の徒然話
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