島とバラ色の生活



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夢の島暮らしストーリー番外編②

ダイビングの講習は限定水域を1日で終了し順調に進むと思えたのだが・・・あの日以来、天候が崩れ、中々海洋実習に進むことができない。しかたがないので家でテキストとDVDを見ながら自習・・・テキストだけだと5ページも進むと睡魔の誘惑に導かれるのだが、DVDだと30分間は起きていられる。だいたい30分間見ていると1章分が終わるので、5回見れば1冊分読んだことになる。これは便利だ!!しかし第4章のダイブプラナーで挫折してしまった・・・別に難しい話ではないのだが、数字がでてくると頭が拒絶反応を起こす。よくできたものでその瞬間睡魔が襲う・・・この部分はあきらめて今度先生に教わろうと楽な方へと敵前逃亡!!高校2年生までは数学は大の得意だったのに・・・あの頃の僕はどこに行ってしまったのだろうか??
今週は中盤から天気が良くなるとの予報だったので、水・木曜日で海洋実習を終わらせ、木曜日の夕方に試験にチャレンジ、不合格でも金曜日が丸1日予備日となるので、無理やりでも今週中にはライセンスが取れるスケジュールを組んだ。これが僕のライセンス獲得に向けた“ダイブプラナー”である!!ところが今朝いきなりインストラクターの先生から「今日できますよ!」と嬉しい連絡が入った。それではとスケジュールを1つ繰り上げ、今日の午後から海洋実習を始めることにした。
今日のポイントは八重根。東海汽船の待合所のすぐ横の湾である。ロープづたいに海へ入り、いざ潜行!!限定水域では3mほどの潜行だったが、今日は10m以上潜行するらしい。先生の後ろにつき、ゆっくりと潜行していく。するといきなり目の前にとぼけた顔をしたでかい魚が現れた。人をなめたような目でじっとというよりはボーと見ている。「な、なんだこいつは?!」と話せないので、ハンドシグナルというよりは“手振り”で質問・・・あれが「石垣ふぐ」なんだとか・・・。その後もクマノミの卵や幽霊のような魚、3の字等等、素潜りでは見たことのない世界を満喫させてもらった。今日は約40分間のダイビングで17mまで潜った・・・完全にはまってきた・・・明日は快晴との予報、今度はどこで潜り、どんなやつらと出会えるのか・・・楽しみである。意地を張らずに、もっと早くライセンスをとってればよかったな~と後悔している今日この頃である。
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by isolabella2005 | 2006-05-31 01:06 | ダイビング

夢の島暮らしストーリー④ ~次なる物件登場~

年内には島人になれるとイメージばかり膨らませていたので、最初の物件が決まらなかったのは大きなショックであった。考えが甘い!と言われてしまえばそれまでだけど・・・ちょっと落ち込んでいる間に仕事も忙しくなり、あっという間に3ヶ月以上が経っていた。もう12月も後半・・・結局年内島人計画は実行に至る事ができなかった・・・2003年もあと数日という時、待ちに待った実さんからの電話がかかってきた!!「1つ物件がでたんだけど~」。
話を聞くと、空港のすぐそばの高台に建つ、会社の保養施設として建てたログハウスだという。土地が600坪で建坪もそこそこ広い2階建てだ。本格的なログハウスで結構しっかりとしているとのこと・・・そしてなんとも魅力的なのは価格!この内容で1000万円!!しかも900万円ぐらいまで交渉できるとのこと・・・これは一見の価値有り!しかし条件があり、年明け早めに決めないと建物は取り壊し、更地で販売するとのことであった。
早速資料を送ってもらい、正月早々家族会議を開く。正月旅行を兼ね行ってみよう!ということになり航空券をPCで手配・・・しかし正月休みで航空券が取れない・・・。結局最速で1月の半ばとなってしまった。
そして実さんに連絡をとるや、またまた裏切られてしまった!!「先に買い手が決まってしまいました。」・・・僕のためにとっておくと言ったじゃない!!結局今回も空振りに終わってしまった。本当に僕は島人になれるのであろうか・・・?
後から聞いた話だが、実はこの物件を購入したのは島の卓球の友人Y氏であった。彼も10年以上前に千葉県から移住してきた島人である。なんでも購入した後、基礎がシロアリに侵されているのがわかり、クレーンで家を持ち上げ土台を作り直したとか・・・費用も相当かかったらしい・・・彼には申し訳ないが不幸中の幸いであった。
しかし家を購入するというのは本当に大変なことだ・・・全く思うように行かない。あまり焦らずゆっくり探すことが大切なようだ。そこで僕は今1度、島でどのような暮らしを求めているのかを考えてみた。
①やっぱり海が見える家がいい!これは必須条件だ!!
②そして大好きな温泉に近い場所がいい!ならば坂上地区に絞ろう!!
③大音量で映画や音楽を聴きたい!まわりに家のない場所を探そう!!
④やっぱり広い庭と、家も東京では買えない広い家がいい!・・・贅沢だ!!
⑤予算は1000~1500万円以内で・・・!わがまますぎる!!
そしてこの①~⑤の条件を満たした物件を探そうと心に誓うのであった・・・まず無理・・・なので実るさんには伝えるのをやめた。
さてさて、次の物件はいつでてくるのか・・・条件はいくつクリアできるのか・・・まだまだ時間がかかりそうである。

To be continue・・・
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by isolabella2005 | 2006-05-27 22:01 | 島暮らし

夢の島暮らしストーリー番外編

折角島に移住し、きれいな海に囲まれているのにダイビングのライセンスを持っていない・・・。今までは「タンクに頼って潜るなんて邪道だ!やっぱり自然と一体となった素潜りでしょ!!」なんて言い訳をしていたが、2年目の夏を目前に「やっぱり島ではダイビングでしょ!!」と素直な気持ちになることができた。(これも島のお陰?)
そこで卓球の教え子の父親がやっている八丈島のダイビングショップ「レグルス」にお願いし、“オープンウォーターコース”というコースを申し込んだ。しかしこの“オープンウォーター”、ネーミングがちょっと気になる。昨年見た同じタイトルの映画が記憶に新しい。カップルが休暇でダイビングに行き、水中から戻ったら置き去りにされていたという内容だ。その後翌日まで気づかれず力尽き果ててしまう・・・まあ、個人レッスンのようなので置き去りにされることはないと思うけど・・・とりあえずインストラクターの先生には嫌われないよう終始笑顔で努めよう。
GWに申し込んだのだが、中々仕事が途切れず、今回やっと受講するスケジュールがとれた。やるなら一気におわらせないと!ということで今日は午前・午後の2回の限定水域での実習を受けた。予めテキストも少し読んでおいたのだが、一番参考になったのは「海猿」のDVDであった。今日教わった内容、実は結構「海猿」の中で行われていたものが多く、まるで自分が“仙崎”にでもなったような気持ちで受講することができた。特にバディ・ブリージングの時なんかは、「海猿」のクライマックスがよみがえり、女性インストラクターなのに、「三島!頑張れ!!」なんて心の中で叫んでいた!しかし今日1日で4時間の講習を受けたが、覚えることが実に多い。本当にダイビング中にこんなトラブルが発生したら対応できるのであろうか??ちょっとというか結構不安である。後は経験を積んでいくしかないのだろうけど・・・次からはいよいよ海洋実習・・・天気がよければいいのだが・・・。いずれにしても学科試験が僕にとっては一番問題なので、これは最後に受けるとしよう。どうしても本を読むと眠たくなるくせが直らない・・・昨日もテキストを呼んでいたら5頁くらいで既に居眠りをしていた。僕にとってはこの258頁のテキストを読破することが一番の難問だ。
梅雨になるまでに、目指せピンポンダイバー!!先生、よろしく!!
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by isolabella2005 | 2006-05-26 21:24 | ダイビング

夢の島暮らしストーリー③ ~物件探し開始~

まだまだ記憶に新しい八丈島空港に到着したのは朝の8時30分。実さんとは空港のロビーで待ち合わせをした。口髭をはやしベレー帽をかぶった、ちょっと体格のいいおじさん・・・これがフレックの実さんであった。不動産屋さんというよりは画家といったイメージである。早速おすすめの「いい物件」へと案内してもらうことにした。まだ八丈島には土地勘のない僕なので、一体どこを走っているのか全くわからない・・・確か永郷とかいっていたような・・・。空港から10分ほど走り、獣道のような細い道を左折・・・な、なんか危ない!少し不安になってくる。すると1軒のきれいな平屋の家が見えてきた。まだ築浅のおしゃれな家だ!!裏手にまわると眼下には海、目の前に八丈小島が見える・・・絶景のポイント!その上土地は3000坪!!期待は膨らみ最後は家の中。しかし実さん、なんと家の鍵を預かっていない・・・わざわざ八丈まで飛行機で来たのに・・・!!結局再度来ることにして、別の物件を見に行くことにした。しかし僕の頭の中は既に「ここだ!」と決まり。この後見に行った別物件はすべて土地だけであった。八丈では家の建築費が非常に高い上、台風等の安全面からも最初は家付を購入した方がよいという話を聞いていたので全く興味なし。その上見に行った1つは大豪邸の真上の土地・・・こんな豪邸を毎日見下ろしながら生活するのは屈辱的だ!と即答でお断りした。実はこの大豪邸こそ、あの一勝さんの邸宅なのであった。まるでビバリーヒルズのようだ・・・写真で見たら絶対八丈とは思えない。
結局この日は日帰り・・・最終便で帰京した。帰り際に「ところで今日見たあの家はいくら?」と尋ねたところ「1000~1500万円ぐらいだと思いますよ」・・・「買います!!」と言い残し搭乗口へと進んだ。
9月に入り、再度八丈島へ・・・既に我家と思い込んでいる「お気に入り」をやっと内覧。しかしこれがまた素晴らしい!!アジアン家具の販売をしていたというだけあり、内装・インテリアがおしゃれ!!もう完全に気に入ってしまった。頭の中には家具のレイアウトまで出来上がっている。七島信用組合の淳生さんにも来てもらい、融資も依頼・・・いやはや我ながら段取りがいい!!実さんには「居抜きで2000万円までなら買います!」と、まだ融資がでるかもわからないのに、ましてや家族に相談もしていないのに交渉を依頼し東京へと戻った。
ここで「交渉成立!」となると、折角書き始めた「夢の島暮らしストーリー」も終わってしまう・・・でもご安心を!!そんなに簡単には物事いくものではありません。結局持ち主が提示した金額は、なんと5000万円!その上家具は持ち帰るとのこと・・・おいおい東京でも家が買えるぞ!!結局話はまとまらず、物件探しは振り出しに戻るのであった・・・残念!!
実さん曰く「あの場所で5000万円もだして買う人なんかいるわけありませんよ!じきに値段が下がりますよ!!」。しかし数ヵ月後、5000万円で売れたと風の噂でしってしまった。
さてさて、次はどんな物件が登場するのであろうか・・・楽しみ、楽しみ。

To be contiue・・・実さん、頼みますよ!!
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by isolabella2005 | 2006-05-19 00:31 | 島暮らし

夢の島暮らしストーリー② ~25年ぶりの八丈島~

おぼろげながらも記憶に残る八丈島空港に到着したのは、8月のちょうどお昼頃であった。空港には島の卓球関係者達がお出迎え、もちろん僕は初対面の人ばかり。空港を出ると25年前と同じように「南の島だ!」と感動・・・と、その瞬間25年前のあの出来事は頭の中からすっかりと消えていた。年はとってもこの単純さは変わらないようだ。東京では試合というと総合体育館等の大体育室で行われるので、そんなイメージをもっていたらこちらでは小学校の体育館が試合会場であった。普段の練習会といったイメージが拭えずとまどう。その上タオルはちまきやTシャツ、普段着といった格好の参加者も多く、「果たして本当に試合をするのだろうか?」という不安にもかられる。そして試合の後はお決まりの宴会・・・これもお店ではなく卓球連盟の方(菊池の悦っちゃん)のお宅で行われた。しかし新鮮な島の魚や食べたことのない島料理に感動、その上なんと八丈島に国学院久我山高校の先輩までいた。この時、既に25年前の悪夢は完全に僕の中から消え去っていたことは言うまでもない。2日目は個人戦。それも午前中は浴衣を着ての大会であった。8月の真夏日・・・外気は30度を越える。締め切った体育館の中で浴衣を着ての試合である。なるべく汗をかかずに試合をしようと思うが、いるだけで汗が止まらない。決勝戦の時には既に浴衣は鉛のスーツと化していた。1球打つたびに、飛び散った汗で卓球台はビショビショ・・・全く不健康な試合である。一体誰が考えたんだ~!!なお、これ以降浴衣での試合は1度たりとも行われていない。やはり皆も後悔したのであろう。f0000593_213817.jpg実はこの時、八丈島を舞台とした映画「るにん」の撮影が行われており、主演の松坂慶子さんが卓球大会に来るということだった。松坂さんといえば映画「温泉卓球」。「温泉卓球」といえば“浴衣”。ということで浅葉さんが「浴衣de卓球大会」をやるといいだしたとか・・・そしてならばオリジナルの“トンパ浴衣”も作っちゃえということになったらしい・・・でもこの“トンパ浴衣”、中々おしゃれなデザインでお気に入りである・・・浴衣の中を飛び回るトンパ文字がかわいい。結局、松坂さんは撮影が順調に終わったため、大会の直前に帰ってしまい会場には現れなかった・・・なんのために、あんな苦しい思いをして卓球をしたのか・・・
翌朝は朝早く起床、キングコングのメンバーと藍ヶ江港に泳ぎに行く。1年後、まさかこの部落に移住するとはこの時一体誰が想像できたであろうか・・・。f0000593_22213882.jpg
その日、キングコングのメンバーは、全員東京へと帰っていったが、僕は夏休みをとりしばらく滞在することにした。中之郷の「あしたば荘」に宿をとる。この「あしたば荘」と現在の我家はご近所・・・この時既に僕が住むこととなる家が目の前にあったとは・・・。ここの宿の料理は最高だった。島の魚やあしたば料理・・・もう食べきれないほどだ!その上島酒も飲み放題である。宿の主人と話しているうちにだんだんと「この島に住みたい!」という気持ちが高まる。今考えると、僕が島に移住したきっかけをつくったのは実は「あしたば荘」のご主人だったんだ・・・。単純な性格ゆえ、東京に帰る頃にはもう移住のことで頭がいっぱい、空港のロビーの電飾看板で発見した島の不動産会社「フレック」の連絡先を、早速携帯電話に登録して八丈島を後にした。
東京に帰ると仕事も手につかず、八丈島の物件をWEBで検索、島での生活についても調べたりと、元でのお金もないのに夢ばかりが膨らむ。そして早速「フレック」に電話、八丈島営業所長の菊池実さんに「島に住みたい!いい物件はないですか?」と単刀直入にプロポーズ!!すると「ちょうどいい物件がありますよ」と思わせぶりな回答が帰ってきた。僕は「すぐに行きます」と答え、1週間後、また八丈島へと旅立った。まだ物件すら見ていないのに、島の銀行である七島信用組合八丈島支店の副支店長の淳生さん(八丈島卓球連盟会長)まで呼んで・・・。後にこの2人は僕の島移住には欠かせない大きな存在になるのだ。
果たして実さんが言った「いい物件」とは、いかに・・・?僕は期待に胸を膨らまし、再び機上の人となっていた。

To be contiue・・・
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by isolabella2005 | 2006-05-14 22:51 | 島暮らし

夢の島暮らしストーリー①

2005年1月29日・・・新天地での記念すべき新しい人生がスタートした日だ。この日はあいにくの大雨であったが、僕は希望に満ち溢れていた。この日から念願だった僕の島暮らしが始まった・・・ここ八丈島の地で。
夢の島暮らし実現に向けた、当時の希望と不安、そして家族との衝突や葛藤・・・傍から見れば無謀・強引とも思えた移住について、今、言葉として残しておこうと思う。
僕は大の南の島フリークで、仕事にかこつけてはよく各国の島々を旅していた。(ミーハーだけどやっぱりハワイがお気に入り)別にダイビングをするわけでもなく、サーフィンや釣りが趣味というわけでもない。ただあの青い海と潮風、そしてのんびりとした時間がたまらなく好きなのである。お気に入りの音楽と数本のビールをもって、1日中ビーチでボーとしているのが大好きだった。だからまだ海開きしていない6月頃の海にはよく出掛けたものだ。f0000593_22444846.jpg
特に一番のお気に入りは西伊豆のヒリゾ海岸や浮島。特にヒリゾ海岸は渡し船でしか行くことができないため、人もほとんどいないし、海の透明度も抜群に高い秘境である。ここでは目の前にある小島の猿達といつも喧嘩になる。本当に生意気な猿達だ!!(悔しかったら海の中まで追いかけて来い!!)そんな南の島大好き人間の僕だが、実はある事情で八丈島は大嫌いで、2度と行かないと決心して25年間が経っていた。あれは僕が大学1年生の時であった・・・友達5人とこの島に遊びに来た。往路の船は時化で大荒れ・・・まともに歩くこともできない。トイレは詰まり船内には悪臭が充満する・・・この時点で2度と船には乗らないと誰もが決意していた。しかし翌朝島に着いたときは打って変わっていい天気!「南の島だ!!」と盛り上がった。すぐさま民宿に行き、「ナンパに行くぞ~!」とばかりに底土海水浴場へ直行。精神年齢の低い僕らはナンパより海遊びに熱中、ゴムボートで海面を漂っていた・・・しかしここで事件が起きた!!潮に流されいつのまにかゴムボートは岩場に・・・そこは波も高く、いくらボートを漕いでも流されていく。そしてパニック状態の5人にはさらなる不幸が・・・ボートのオールが流されてしまったのだ。ボートが転覆したら一貫の終わり・・・その上海水浴場から離れてしまい、助けを叫んでも誰にも聞こえない。あの時の恐怖は今でも鮮明に残っている。なんとかボートが岩場に近づいた時4人は岩場に飛び移ることができた。しかし1人だけボートに残ってしまい、助け出すのにまたまた一苦労・・・その上自分だけ見捨てて逃げたと滞在中ずっとむくれているし・・・結局ナンパも上手くいかず、帰りは友達の両親にお金を借りて飛行機で帰った。しかしあの飛行機こそ、僕の記念すべき初飛行だったのだ。(離陸した時、思わず拍手してしまった)
そんなトラウマから、僕は25年間八丈島には近づかなかったのである。そんな僕の固い意志をこじ開けた男がいる。その男こそ日本を代表するスケベオヤジ・・・ではなく卓球をこよなく愛するアートディレクター“浅葉克己”氏であった。
彼は20年も前から毎年「浅葉杯」なる卓球大会を島で開催している。要はそれに出場しろということであった。ちょうどその頃、浅葉さんには無理難題な仕事をお願いしていることもあり、断りきれず参加することとした。それも浅葉さんオリジナルの“トンパ浴衣”まで買い込んで・・・。かくして2003年8月、ついに25年間の封印を破り、全日空機は八丈島へと向けて飛び立っていった。

・・・to be continue・・・八丈島で僕を待っていたものは???
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by isolabella2005 | 2006-05-10 23:28 | 島暮らし

三宅島復興に向けて

5月4日、2週間ぶりに帰島した。やっぱり島はいい・・・空港に到着すると何故かそんな気持ちになる。下北沢に生まれ育ち43年間も東京で暮らしてきたのに、今では1週間も東京にいると体調がおかしくなってしまう。やはり人の多さ、車の多さ、そしてなにより時間に追われるストレスが原因なのだと思う。こちらは渋滞もなければ人並みをよけながら歩く必要もない。その上自分のペースで仕事も生活もできる。今週末には上京しなければならないのがおっくうである。
5月5日にはそんなストレスを満載にしてオリコムの武本君が島にやってきた。彼とは省エネのキャンペーンやアフリカンフェスタでいっしょに仕事をしたバディ(海猿?)である。彼は大学時代に柔道をやっていたという格闘技フリークなのだが、いつぞやイベントで柔道の古賀選手を招いた時、自分の上半身裸の写真を持ってきて「これにサインしてください!」と頼み込んだ恐れというか恥を知らないというか勇気ある若者(もう30歳半ばか?)である。そんな趣味は別として彼とは出会った頃からテンションがあい、かれこれ8年近くおつきあいさせてもらっている。いろいろなタイプの友人がいるが、これほど一緒にいて笑いの耐えない友人はいない。本当にストレスを忘れさせてくれる奴だ!
その武本君との珍道中ならぬ、珍島暮らしは中々楽しかった。4日には今度ダイビングのライセンスをとる予定のレグルスで体験ダイビングに挑戦!!前にも書いたが仕事柄世界各国で何十回と体験ダイビングは経験してきたが、今回の体験ダイビングは今までと違う本格的なものでった。神湊のビーチで20分を2セットトライ!!漁港ではあるが透明度はグッド!カサゴや伊勢海老等、魚や珊瑚もたくさん見ることができた。早くライセンスをとってもっといいポイントにチャレンジしてみたい・・・目標は5月中!初ダイビングの武本君もご満悦の様子・・・しかし疲れた。その日はそのまま焼肉屋に直行、焼肉屋で「亀田の日」を見ることとなった。
5日はトレッキングに挑戦!!坂上地区には「唐滝」という素敵なスポットがある。樫立の「富次郎商店」からスタートして片道30~40分で到着するトレッキングにはちょうどいいコースである。僕らは「富次郎商店」で水分を確保し歩き始めた。僕は「唐滝」には何度も行っているので、あたかも専門家気取りで案内をする・・・しかしここでミスを犯した!!どこで間違えたのか、三原山山頂コースに入っていた・・・途中で気づいたため「唐滝」は諦め「三原山山頂」に目標を変えたのだが、歩けど歩けど山頂が見えない・・・結局片道2時間以上かけてやっと到着。いつも山頂に見える鉄塔はなんだろう?と思っていたが、TFMの放送塔であることがわかった。山頂は島を見渡せる素晴らしい光景ではあったが、僕的には「唐滝」の方が好きである。結局復路も2時間かかり、休みもなく4時間ぶっ通しで歩いた。(未だに足が筋肉痛・・・)その日はそのまま末吉の「みはらしの湯」へ直行!なぜか“サンプラザ中野”さんも来ていた。休憩室の隅っこで膝をかかえてじっとしていた姿が印象的であった。結局1時間以上も温泉につかっていた・・・翌日は一勝さんに誘われ、八重根港に飛魚の水揚げを見学、武本君は飛魚を10匹以上ももらい、ご満悦で東京へと帰っていった。
そしてGWも終わり今日から仕事に復活。早速、先日突然島にやってきた広告代理店の友人から、突然仕事の相談が持ちかけられた・・・「三宅島をなんとかしたい!」。彼は2月に三宅島帰島1周年の式典や、天皇・皇后両陛下の御来島式典のプロデューサーであるが、三宅島の噴火の傷跡の深さにショックを受け復興に協力したいということであった。僕も昨年の夏、飛行機の欠航続きで1度だけ船で帰ったことがあるが、途中寄港した三宅島を見て大きなショックを受けた・・・「島が真っ白だ!緑がない・・・」。6000人いた島民も現在約2000人だという。島に活気をつくり観光を活性化させることで、島民の帰島を促す・・・1日も早くかつての三宅島の姿に近づけたいと思う。「何かしたい!」と思っていたところへのグッドタイミングな話だけに、いい企画にしたいと思う。無人島となったことで海がきれいになり、空もきれいになった・・・噴火で死んでしまった木々も再利用することができるはず・・・三宅島にはまだまだ可能性がたくさん残っているではないか!微力ながら協力させていただきます!!
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by isolabella2005 | 2006-05-08 23:21 | イベント

インフィオラータ・イン・海老名&立川、完成!!

今日は昨日と打って変わっての快晴!風も微風、気温も暖かく、まさしくインフィオラータ日和である。その上、展示期間中の天気も良いとのこと。しかし僕は今日も朝からつまづいた!今日は立川と海老名の2会場での同時開催であったため、僕の予定は朝6時に立川に行き、お昼には海老名へ移動、そしてまた夕方立川に戻るといったハードスケジュールであった。そんなことで、朝5時15分にスタッフと待ち合わせ、ピックアップして立川に向かう予定を組んでいた。それなのに何故か目覚ましを5時30分にセット、そして時間通りに起床!しかし起床とともに時間の違和感に気がついた・・・時は既に遅し、6時に立川は間に合わない。その上中央高速は高井戸から25kmの渋滞、甲州街道も調布から大渋滞である。裏道を探りながら、なんとか7時に到着した。小樽から何故か出足が悪い・・・
立川は会場が2会場に分かれており、35㎡の花絵を6枚作成する。通常このサイズだと150名ぐらいの参加者が必要なのだが今回の参加者は80名・・・問題は花むしりだ。約40,000本の花を80名でむしるため、1名につき500本の計算となる・・・果たして完成は何時?
f0000593_223957.jpg参加者が花むしりをしている間、僕はセレモニー会場のタイトルをインフィオラータで制作。直径2mの円形に文字を花で作成するため、作業が細かく予想以上に時間がかかる。12時には立川を出発したかったのだが、結局完成したのが13時30分・・・しかしこの段階でも花むしりはまだ終わっていない。僕は不安を振り払い海老名へ・・・海老名到着予定時刻は14時35分。海老名は参加者が多く、着く頃には終わっているのではないか?という別の不安がよぎる。
幸か不幸か、そんな不安は的中!14時30分の段階で、ほぼ全面終了しそうな状況。何とか間に合ってよかった・・・。海老名は今回初めての開催のため、ほとんどが参加者が初体験であったにもかかわらず、完成度は上々、15mのポップなこいのぼりが美しい!!

f0000593_2257287.jpg実は前にも書いたが、このこいのぼりには秘策が施されている。右の写真をご覧あれ!こいのぼりの“目”の部分に“青いバラ”を使用しているのである。青は通常はカラーサンドで対応するのであるが、地元の神部バラ園さんが開発した“青いバラ”を少しわけてもらった。(ありがとうございました!!)会場となった海老名中央公園内には「VinaWalk」というとてもカラフルな商業施設があり、このポップな巨大こいのぼりととてもマッチしている。海老名中央公園にはまだまだスペースがあるので、是非来年もさらに拡大してできることを切望します!!なお、予定以上の多くの参加者に申込みいただき、その上キャンセルが1名もいなかったこと、大変ありがたく思います。海老名の皆さん、お疲れ様でした。
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海老名の完成を見届け、作業もしていないのにお弁当もいただき・・・再度立川に向け16時に海老名を出発!幸い道路がすいていたため17時に立川到着。こちらは既に6枚中5枚は完成済、残り1枚もあと一歩という段階であった。こちらは参加者が少なかったものの、トリトンスクエアやNSビル等でのインフィオラータ経験者が多く参加しており、難しいデザインにもかかわらず、短時間で素晴らしい作品が完成した。多い人はここ2年で6回以上も参加していただいている・・・全くありがたいことです。完成作品を一同にご紹介しましょう!!海老名は5月7日まで、立川は5月6日まで(1部、5日まで)。是非、ご来場ください。僕はひとまず仕事が完了したので、明日2週間ぶりに八丈島へと帰ります!!皆さん!お疲れ様でした!!
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by isolabella2005 | 2006-05-03 23:25 | インフィオラータ

インフィオラータ・イン・小樽 完成!!

4月27日、札幌へと出発!・・・ところが、余裕を見て家を出たはずなのに、乗り込んだ電車がいきなり大幅遅延!!予定の飛行機に間に合わなかった・・・その上、団体割引チケットのため変更が効かない!しかし今回のクライアントがJTBということで、何とか次の便に乗ることができた。いやはや出だしから雲行きが怪しい・・・
しかし札幌に到着すると今年一番の暖かさ。JTBの阿部さんと札幌市内のイベントスペースを視察、最後に行った商業施設「アリオ」は、あのジンギスカンのメッカ「サッポロビール園」の敷地内にできた大型商業施設であった。暖かい陽気と、食をそそるジンギスカンの香り、そして20数年ぶりの懐かしさに、ついにダイエットの意志が崩れた・・・食べ飲み放題コースを頼み、2人で無言でむさぼり3皿をたいらげた。店の従業員に「これは一皿何グラムあるの?」と尋ねると、「約300gです」!!ということは2人で900gを食べたことになる。その上ビールもジョッキで2杯・・・これは何カロリーになるんだ???僕は目に見えない恐怖心からそのままサウナに直行、10分×7セットほど汗を流した。その後、久しぶりの“脂”のせいか腹をこわし、さらにダイエットに拍車がかかったことは不幸中の幸いであった。
翌日は小樽に入り下準備。夜は寿司屋通りの寿司屋でまたまた大食い、そしてサウナに直行。本当に意志が弱いというか、ワンパターンというか・・・そして29日、いよいよインフィオラータの制作である。今回はイタリアのインフィオラータの街をモチーフに5m×5mの花絵を2枚制作する。参加者は地元の高校「小樽桜陽高校」と「小樽潮陵高校」の美術部の部員、そして昨年もお手伝いしてくれた「小樽おもてなしの会」の皆さんで合計約50名。
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10時30分から約10,000本のバラをむしり、午後からは花絵を制作。大半の参加者が初体験ということもあり、クオリティや時間が心配であったが、指導者の指導?がよかったのか、素晴らしい作品が3時に完成した。今回使用したバラは「大分産」のものを使用、普段は使用しない大輪の素晴らしいバラであった。

f0000593_15264.jpg今回面白い試みとして、左の写真のようなほぼリアルタイムな制作風景写真が貼り出された。ちなみに一番右上の写真は、僕が“顔”を制作している貴重(!)な写真である。このような記録写真は、制作を見ることができなかった来場者も制作過程がわかるため、素敵な試みであると思った。(斉藤さん、企画盗用させていただきます!)制作終了後、ウイングベイ小樽さんから「来年はもっと拡大してやりますよ!」と言われ、これで毎年GWの最初は北海道旅行ができると、顔には出さずにやけていた。(斉藤さん、既に来年のスケジュールは空けておきました)ウイングベイ小樽でのインフィオラータは5月7日まで展示される予定。9日間の展示は中々不安なものはあるが、メンテナンスしっかり頑張ってください。

さて、次は5月3日から立川と海老名でインフィオラータの制作が行われる。今年のGWは天気に恵まれているようなので、素晴らしい作品になることを願っている。3日は僕は両会場を行ったり来たり・・・そして4日には2週間ぶりの帰島である。家の改築工事もほぼ終了したと連絡があり、どんな風に変わったのか楽しみである。
GWは是非、立川・海老名のインフィオラータにお立ち寄りください。立川はサンサンロード及び立川タカシマヤ前、海老名は駅前の海老名中央公園が会場となっています。
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by isolabella2005 | 2006-05-02 01:29 | インフィオラータ


移住した島での生活と、花びらのアート「インフィオラータ」の徒然話
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